第34回家畜人工授精優良技術発表全国大会 特別講演 (2)

 実際のストレス状況を幾つか紹介します。これはフリーストールでの休息行動に関する話です。ウシが寝る場合ですが、上の図のように、寝る前にニオイをかいで、足踏みをして、時には前がきし、ひざを折って寝ます。寝るときに頭をかなり前のほうに突き出して、その反動でお尻の部分が自由になり、落としていくというような様式です。これは宮崎大学時代に調査した結果ですが、ニオイをかぎ始めてから寝るまでの時間とニオイ嗅ぎ・足踏みの回数をフリーストールと放牧で比較しました。ご覧のように、フリーストールで放牧に比べてかなり有意に多くなりまし た。これは欲求行動といわれる行動で、目的とする行動をする前の行動で、長く多くなることは躊躇を意味します。自由に使えるストールといっても、ヘッド・スペースがきちんと確保されているかとか、ストールのサイズが適正であるかとか、床の柔らかさが適正であるかとか、そのようなことを意識しながらこのような躊躇が起こっているということです。このようなことでもストレスになるということです。
 

 これも宮崎大学時代にやった仕事です。1.8m×1.8mのスクリーンにいろいろな顔写真を映し出して、3mぐらい離れたところからウシに見せて、何秒間見るのだろうかを測ったものです。3分間見せたのですけれども、途中で結構飽きます。頑張って見てくれても1分半ぐらいでした。図は黒毛の雌の5歳ぐらいのウシを3頭使った平均値です。極めて面白いデータが出ました。使ったウシはペンで飼われていたわけですが、そのペンで同居していた仲間のウシの写真を最も長く見たのです。その次は、普段餌をくれる管理者、この調査をやった学生の写真、そしてあまり見たことがないホルスタイン種のウシ、その次がウマ、そして使ったウシは除角されていたのですが、角がついた黒毛のウシでした。その後は、イヌ、キリン、ヤギ、ヒツジという順番でした。このように注目度にかなり大きな違いがあり、多分、ウシは顔を見分けられるのだろうということです。
 イギリスのケンドリックの調査によると、ヒツジには「顔細胞」という、顔に特徴的に反応する細胞がありまして、そこで、親しい顔を識別するようです。ウシとかヒトとかに関係なく、親しく害を与えない顔、害を与える顔、どうでもいい顔というような感じで識別しているのだろうということが分かっています。

 それでは、そのような仲間がいるとストレッサーに対してどのように反応するのかということで、心拍を測りました。これは東北大学でやった仕事です。黒毛の育成雌牛、8か月ぐらいのウシでやりました。実験設定は、ペンの中に五つ個別のストールを入れて、1台には調査牛、残りのストールには仲間を入れ、調査牛の心拍の変化を見たというものです。表中の「顔見知り」というのは調査牛と同じペンの同居仲間ということです。「非顔見知り」というのはホルスタイン種のウシです。調査牛は黒毛の育成牛で、あと周りのストールにいるのはホルスタイン種という設定です。いずれも2頭の場合と5頭の場合があります。そこでストレッサー処置として、「新奇物提示」、「驚愕」、「葛藤」処理を行いました。「新奇物提示」とは、変な形のはりぼての提示です。 まず実験ペンに連れて行って5分間置いて、心拍が落ち着いたところで、このはりぼてを提示したわけです。これで、10分間見せてその間の心拍変化を測りました。その次に、天井から金属のバケツを落として、重しも少し入れていたものですから、かなりすごい音がするのですが、それでびっくりさせるという「驚愕」処置をしました。そして3分間心拍変化を測りました。その後、今度は目の前に濃厚飼料の入ったえさ箱を置いたわけですが、そのえさ箱の上は金網で覆われており、濃厚飼料は見えるけれども食えないという状況、すなわち「葛藤」状況を作って心拍変化を10分間見ました。
 この結果も非常に面白いですね。顔見知り5頭状況ではいずれの処置においてもあまり驚かないことが判りました。「新奇物提示」でも心拍変化は最も少なく、「驚愕」処置でも「葛藤」処置でもしかりでした。一番変化したのは、周りがホルスタイン種、仲間ではなくて顔見知りでない5頭という状況でおこりました。仲間がいるとストレッサーに対する耐性が高くなるということです。社会的なグルーピングをすることの重要性が分かっていただけたかと思います。

 次は性行動です。正しいセックスの仕方ということでお話しします。雄牛が雌牛に対する正常な性行動ということです。これは宮崎県山之口町での写真です。フリーストール乳牛群の中に雄牛を使っている農家がありました。そこで何度か調査させていただきました。今回この講演をお引き受けしたので、久しぶりにまた電話をかけて「まき牛を今もやってますか」と聞いたら、今でもやっているという返事でした。受胎率はどうかと聞いたら、やはり高泌乳のウシほど、同じように受胎率が低くなっているという話ではありました。ですから受胎率の低下の要因は、栄養だけの問題でもないし、ストレスだけの問題でもないということではあろうかと思います。それはさておき、雄牛がかなり頻繁に雌牛にかかわるという話をします。

 牛の正常な性行動を写したものです。いろいろな品種の異なる写真が載っています。ヘレフォードとか黒毛とか、ドイツで戻し交雑で作ったという原牛、短角とかの写真が入っていますが、行動の流れとしてはこのように性行動は進みます。
 まず最初に、発情がきたウシを中心に「セクシャル・アクティブ・グループ」が作られます。これは友人である北海道大学の近藤誠司教授の写真です。グループで連れ立って動き回るということが起こります。大体2頭から多いときで10頭ぐらいのグループを作り、ぐるぐると放牧地の中で周り、かなり目立った動きをします。発情した牛が最初に乗駕を始めますが、徐々に乗駕されるようになるわけです。そうするとこれを見つけた雄牛が、そのグループに入ってきて、発情した雌のそばに寄り添うようになります。年のいった雌牛とか去勢牛などが非常に頻繁に発情牛にまとわり付き、乗駕しますが、これらを雄牛は追い払ったりしだします。ガーディングと言います。
 ちなみに、2番目の写真は鹿児島県頴娃町の町営牧場です。今は観光牧場になっているようですけれども、 私たちが調査していた1990年ごろはまだ黒毛のまき牛繁殖をやっていました。まき牛を2頭使っていました。文献によりますと、けんかが強いやつと弱いやつと2頭を同時にまき牛として使うと、けんかの強いやつが交尾を独占するといいます。年齢が同じぐらいだと、かなり分け合って交尾するようです。
 それはさておき、ガーディングの最中に雌牛の陰部にかなり頻繁に関わります。ここでは陰部のニオイをかいでいますが、おしっこのニオイをかいだり、あるいはおなかを突いたり色々なことをやります。次いで4番目の写真にあるように、雄と雌が逆向きに並行したような姿勢を頻繁にとり、陰部に対していろいろと関わります。そして5番目の写真のように、頻繁に尿のチェックをし、「フレーメン」ということをやります。その後6番目の写真のように「顎乗せ」というのを頻繁にやるようになります。これは、雌のお尻に顎を乗せていくわけですけれども、その時に圧力を多分かけるのだと思います。初めは圧力をかけられて逃げるわけですが、最終的にはかけられても動かなくなるという不動姿勢が起こります。その間に、7番目の写真のように小さい子牛の雄なども頻繁に乗駕したりします。雄牛は皆を追い払いますが、最初からこの辺まで来るのに1日ぐらいかかるわけです。極めてけなげなもので、20時間ぐらいずっとガードをし続けるわけです。雄は採食行動を削ってまでガードするわけで、忍耐に驚かされます。最終的に交尾し、射精しますが、射精された雌は、最後の写真のように背を丸める姿勢をします。先ほどの研究発表会でも言われていましたけれども、このように雌牛に触ったときの反応を雄牛も常に見ているわけです。



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