第34回家畜人工授精優良技術発表全国大会 特別講演 (1)

 

( 図表等のスライドは、その上でクリックすると、拡大します。)

家畜の福祉と繁殖性について

−牛の繁殖を考える−

東北大学大学院 農学研究科
教授  佐藤 衆介

 

 

 昨今、人工授精における受胎率低下は大きな問題となっております。一昨年、畜産草地研究所では研究交流会の中でこの問題を取り上げ、雑誌「畜産技術」の中でも座談会が開かれ、対策が検討されました。受胎率の低下は世界的な傾向で、乳牛における分娩後の初回種付けでの受胎率は、イギリスでは1975年頃では55%であったものが1995年頃には40%に落ちているという報告がなされています。アメリカの報告でも同様で、同じ期間に年率0.5%ずつ落ちているということです。一番大きな要因は、高泌乳によるエネルギー収支のインバランスと考えられています。GHレベルが上昇し、インスリンやIGFのレベルが低下し、最終的にLHサージの頻度低下、エストラジオールレベルの低下が起こっているようです。エネルギー収支のインバランス改善というのが非常に重要だということが、かなり一般的になっているのではないかと思います。
 受胎率低下に直接的に関係するのはLHなりエストラジオールの低下ですが、それはストレスによっても大きく影響されます。今日お話しする「家畜福祉」とは、ストレスを抑えるという話なので、繁殖性の改善とかかわるということです。

 

 

 生物というのは環境とセットになって存在しているわけで、大きく変動する環境の中で、動物は常に恒常性を保つ努力をしています。あまり大きく努力するとストレスとなりそして最終的に不健康になるわけですが、その前の段階、心理的にも肉体的にも健康なレベルに留めましょうという考えが家畜福祉という発想です。これを目指して施設とか畜舎を改善するとか、物理環境、温熱環境、ガス環境を整えるとか、栄養環境を整えようというものです。新しい視点は、動物には行動的な要求とか社会的な要求というものがあって、これを阻害することはストレスになるということを明らかにしたことが「家畜福祉研究」の最大の貢献ではないでしょうか。以上のような点を整備することによって、不健康にならないように飼育環境を整えましょうということが家畜福祉の考えの本質です。
 国際的な共通認識は、この五つの整備です。一つ目は「空腹及び渇きからの自由」という観点で、栄養管理と飲水の管理をしましょうという話です。第2番目は「不快からの自由」で、物理環境からのストレスを考えてやりましょうということです。3番目は「苦痛、病気、怪我からの自由」で、殴られたり、蹴られたりすれば当然ストレスを感じるわけで、それを止め、怪我させたり病気させたりしないようにしましょうということです。この3つは畜産の中でもずっと配慮してきた点で、特に目新しい話ではないわけです。特徴は4番目と5番目ですね。1つは「正常行動」というのがあり、これを阻害することがストレスになりますよという話です。もう一つは動物も「恐怖」を感じるので、それを避けましょうということです。殴る・蹴るを受けると、それをした人を覚えていて、その人が来たときに殴る・蹴るわけでもないのにストレス反応を起こすということがわかっています。この辺の紹介をさせてもらいたいと思います。

 

 

 

 

ストレッサーは、当然、脳で感じるわけです。初めに中枢で感じて、不快だとか苦しいとか、そのような情動がおきます。それが視床下部を刺激してGnRH分泌を抑制します。GnRHは下垂体前葉からLH、FSH、後葉からオキシトシン分泌を刺激しますので、GnRHの抑制はこれらの抑制につながるわけです。繁殖性に大きくかかわるストレスに注目する必要があることがおわかりかと思います。

 

 

正常行動の発現を抑えるとストレスになりますよという話をします。ミンクの話です。イギリスの学者がやった研究ですが、ミンクは毛皮用の家畜として北欧を中心に正常行動の発現を抑えるとストレスになりますよという話をします。イギリスの学者がやった研究ですが、ミンクは毛皮用の家畜として北欧を中心にかなり飼われています。写真の奥のほうがホームペンです。そこからドアを開けて幾つかの部屋を選択できるという実験装置です。このドアに重さをかけて、何kgまで頑張って開けて入ってくるのかを測定し、要求の強さを測るというものです。上の図で横軸が負荷の量で、縦軸が獲得量です。上の線は負荷が重くなってもずっと選択し続ける場合です。このように弾力性が低い場合を「要求が高い」と見なします。下の線のように弾力性が高い場合を「要求が低い」と見なします。
 このミンクに選択させる部屋として、プール、乾草の入った巣、交通標識用の円筒とか空き箱、垂直トンネルを通ってほかの台に行ける部屋、おもちゃに行ける部屋、プラスチックのトンネルがある部屋、ただの広い場所を用意し、そこに行ける扉に負荷をかけて実験をしたものです。表の数字でお判りの通り、プールに対して一番弾力性が低く、下に行くに従って、弾力性は高くなりました。この順番で、負荷をかけられると選択しなくなるということが分かりました。このように、プールに対して非常に強い欲求を持っていると考えられたわけです。ストレスホルモンであるコルチゾールを測りますと、餌を制限すると通常より50%増加しましたが、プール制限でも33.8%も上がるという結果でした。正常行動というものがあって、それを抑えることがストレスになるという報告です。紹介したのはミンクでの実験でしたけれども、家畜でも同じよう
な報告があります。

 

 

 正常行動というのは何かということなのですが、ここに示したようにたくさんあります。維持行動というのは個体完結型の行動で、自分だけで完結するような行動です。社会行動は他とのかかわりの中で完結する行動です。いずれも、自分の生存、延命が効率よくできるように仕組まれたような行動です。 それに、生殖行動、次世代に子供を残すように仕組まれたような行動です。
 個体完結型の行動の中では、最も要求度の強い行動はやはり食べる行動で、これの制限によるストレスが一番大きいわけです。ウシの場合ですと、長い舌を出して草に絡めて食いちぎるという様式で、1日8時間程度食べるということが正常値と考えられています。様式とか時間に、平均値というか正常値というものがあるということです。細かく切った乾草と長いそのままの乾草を選択させますと、長い乾草のほうをよく食べます。このように舌を使って何時間か食うということが強くプログラムされているようです。 摂取行動より少し要求度の低い行動としては、寝るときの姿勢の取り方とか、暑いときに体全体で反応して日陰に入るとかの 護身行動、自分の体をなめたり木にこすりつけたりの身繕い行動、環境のニオイをかいだりする探査行動があります。そのほか、個体として遊ぶ行動とか、排泄行動、ブタなどだと特定の場所にうんこをしたがるわけですが、そのような行動がありま す。
 社会行動に関しても、仲間と仲良くしたり、仲間のニオイをかぐ親和行動、他の個体との距離を保ちたがる社会空間行動があります。あまり近くにいられるとストレスになる。フリーストールでも、ストールの数を多くしますと、1台置きに結構寝たりして、ある程度の距離を取ろうとします。 社会的な遊び行動もあります。正常行動には敵対行動というのもありますが、けんかの行動で、けんかに勝てばいいのですけれども、負けるとかなり強いストレスになります。そのような意味で括弧に入れました。無くてもいい、促進しなくてもいいような正常行動という意味で括弧に入れたわけです。
 生殖行動として性行動、母子行動という行動もあります。これらはどちらが要求度の高い行動かは特に調査はされていませんので分かりませんが、以上が正常行動といわれています。それぞれに関して、それなりに様式や時間がプログラムされており、それが阻害されるとストレスになるということです。それぞれの行動が実行できる状況を作るという配慮が必要だという考えが、家畜福祉の考えです。


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