最近の乳牛の繁殖性について
~北海道農業研究センターのデータから~
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農業・生物系特定産業技術研究機構
北海道農業研究センター 畜産草地部 家畜生理繁殖研究室 主任研究官 坂口 実
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1?.はじめに |
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分娩後の乳牛の繁殖性は、分娩間隔や受胎に要する授精回数で、最終的に評価できる。こうした数値は、最近の10年間で悪化の一途をたどっており、依然として酪農生産における大きな問題であり続けている。世界的な傾向として、遺伝的改良による乳量の増加と繁殖性の低下は、ほぼ平行して進んできている。
このことから、乳牛の分娩後の繁殖性の低下には、高泌乳化が何らかの形で影響していることは確かである。泌乳していない、乳用育成牛の繁殖性に大きな変化がないこともこのことを裏付けている。
こうした問題の解決への手がかりとして、分娩後乳牛の繁殖機能回復について、北海道農業研究センター(北農研)で得られたデータを紹介する。
一方、乳牛の初産月齢の全国平均はこの20年近くの間、27ヶ月前後とほとんど変化していないが、乳量の増加と平行して育成牛の体格も向上してきた。
初産月齢の早期化については、各方面からその可能性や必要性が指摘されてきた。
育成牛では、高能力の搾乳牛のように発情の微弱化や時間の短縮という問題はないことから、繁殖技術的な障害が主な原因であるとは考えられない。
そこで、北農研での過去の牛群改良に伴う、初産月齢とその後の生産性、繁殖性の関係の変化について示し、初産月齢を早めた試験の結果も紹介する。
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2?.初産月齢の早期化 |
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北農研では試験研究用にホルスタイン種乳牛を、搾乳牛で常時40頭程度飼養している。
20年ほど前の牛群は、生産現場で役立つデータを出すには乳量水準が低すぎたため、当時の研究者が中心となって遺伝的な改良に取り組んだ。
その結果、現在の牛群は、全国平均をやや上回る乳量水準を達成し、試験に供されている。
そこで、この間の改良に伴う生産性と繁殖性の経過を調べてみた(表?1?)。
改良前では初産月齢が高いと、初産次の乳量も高かったが、現在では、初産月齢が24~30ヶ月の間で、乳量に差はなくなってきた。
また、過去にはなかった傾向として現在の初産牛群では、初産月齢が上がるにつれて、その後の2産に向けての授精回数と空胎期間の増加が見られた。(表?2?)
次に、初回授精開始月齢を12ヶ月(AI-12)と15ヶ月(AI-15)に設定した?8?頭ずつの育成牛を用い、生産性と繁殖性を3産搾乳時まで調べることにした。
両群とも同じ条件で飼養したため、発育はほぼ同等であった。
AI-12およびAI-15群の初産月齢・体重(分娩後)はそれぞれ、21.5ヶ月・563kg、25.1ヶ月・638kgであった。初産月齢の早期化によって懸念される難産の増加は認められず、乳量にも差はなかった。
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表1.初産時月齢、体重、体高、乳量および繁殖成績の推移[平均±標準偏差](頭数) |
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改良前期
(1979-1986) |
改良中期
(1987-1991) |
改良後期
(1992-1997) |
初産時
月齢(月) |
26.3±1.3 (67) |
26.0±1.4 (67) |
25.9±1.3 (78) |
初産時
体重(kg) |
480±54 a (67) |
514±42 b (66) |
561±39 c (77) |
初産時
乳量(kg) |
5,700±1,077 a (67) |
6,198±860 b (67) |
7,102±1,087 (76) |
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abc 異符号間に有意差アリ(P < 0.05) |
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表2.初産月齢とその後の繁殖性との関係 |
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時期(頭数) |
平均±標準偏差 |
初産時月齢との関係 |
相関係数 |
P値 |
初回AI(日) |
改良中期(40)
後期(64) |
77.5±28.0
76.3±22.9 |
-0.047
0.181 |
0.774
0.152 |
受胎に要したAI
回数 |
改良中期(39)
後期(61) |
1.4±0.6
1.5±0.7 |
0.133
0.379
|
0.403
0.013* |
空胎期間(日) |
改良中期(39)
後期(61) |
97.8±41.4
95.7±35.6 |
0.024
0.505
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0.887
<0.001** |
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3?.分娩後乳牛の繁殖機能回復 |
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現在の乳牛がおかれている状況は30年前から大きく変化している。
乳量は、遺伝的改良によってほぼ倍増し、同時に多頭化も進み、それらに伴って飼養管理方法も変化してきた。
しかし、管理技術の進歩が追いつかないことから、乳熱や蹄病などの生産病とともに、繁殖機能の異常も増加しているとされる。
ここで重要なことは、乳熱、ケトーシス等の生産病は、明らかな臨床症状を伴うことが多いのに対し、繁殖障害では、少数の典型的なものを除いて正常との境界があいまいなことである。
例えばこれまでは、分娩後40日を過ぎても初回発情が現れず、排卵も確認されないものは「無発情」として繁殖障害とされてきた。
しかし、現在の乳牛では、明らかな異常がなくても、こうしたことは珍しいことではなく、繁殖障害と診断すべきかどうか疑問な点もある。
北海道乳牛検定検査協会の集計によると、1991年から2000年にかけて、年平均で乳量は93kgの増加、空胎日数は3日間延長している。
この傾向は全国的にも同様である。牛群検定成績が305日乳量で表示されているにもかかわらず、平均搾乳日数は約350日に達している。
したがって、1年1産、すなわち平均空胎日数85日は、もはや現実的な目標とはいえない。しかし、100kgの乳量増加にともない、3日あまり空胎日数が延長する(1,000kg増で1ヶ月延長)という現在の傾向が続けば、後継牛不足とならんで、酪農経営の大きな不安定要因となることは避けられない。
分娩後の急激な乳量の上昇に、飼料摂取量が追いつかない、いわゆる、負のエネルギーバランスの問題は、繁殖性低下の重要な要因の一つではあろう。
しかし、それだけで説明できるほど、この問題は単純ではない。
また、日本においては、最近の乳牛に起きつつある繁殖性の変化について、広範囲かつ信頼性の高い調査・研究は、ほとんどされてこなかった。
現状では、海外の調査・研究結果から、日本の現状を推測する手法をとらざるをえない。
しかし、繁殖性の低下のような複雑な問題には、土地固有の事情も含めた、多くの要因が複雑に絡み合っているはずである。
この問題に対処するためには、自らの足元を見極めたうえで、適切な調査・研究を、広範囲かつ継続的に行なうことが、最初の重要な一歩である。
そこで、北農研飼養の搾乳牛、50頭について分娩後の繁殖性を卵巣機能の回復を中心に調べた。
表3には生産性と繁殖性の平均値を示した。初回排卵は分娩後平均31日に観察されたが、最も遅い牛では79日であった。
また、初回発情も100日を越えることがあり、これらのことを前提に、乳量10,000kgレベルの牛群の繁殖性について考える必要がある。
分娩後3回目の排卵までに、卵巣周期は回復し、30頭(60%)では2回目排卵までに初回発情を観察したが、3頭(6%)では3回目排卵まで無発情だった。
初回排卵・発情時期には、産次、季節、乳量の影響が認められた。また、初回排卵が早いことは、必ずしも早い受胎につながらなかったが、早い初回排卵では、子宮修復が遅れる傾向のあることが影響しているかもしれない(表?4?)。
また、初回授精前の卵胞波(ウェーブ)数が3の時は、2の時と比べて受胎率が高い傾向が認められ、初回発情時の初回授精では、2回目以降の発情よりも受胎率は高かった。
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表3.50頭の生産性と繁殖性のまとめ |
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項 目 |
平 均 |
最 小 |
最 大 |
産 次 |
2.18 |
1 |
7 |
日乳量 (kg/日, 分娩後10週間)
うち初産牛(26頭)
経産牛(24頭) |
35.8
30.0
42.0
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24.1
24.7
24.1
|
49.7
39.0
49.7
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305日乳量 (kg)
うち初産牛(26頭)
経産牛(24頭) |
9,265
7,932
10,708
|
5,847
6,348
5,847
|
13,718
10,325
13,718
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分娩時のBCS
分娩後のBCS減少の最大値 |
3.14
0.47
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2.14
0.13
|
3.77
1.28
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初回排卵日
初回卵巣周期 |
30.9
15.8
|
10
6
|
79
26
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無発情排卵回数
初回発情日 |
1.36
55.2
|
0
21
|
3
107
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初回授精日
受胎に要した授精回数(45頭)
空胎期間(45頭)
調整した空胎期間(不受胎牛:最終授精+21日) |
71.5
1.62
89.6
96.2
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45
1
45
45
|
129
4
168
191
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表4.初回排卵時期別の繁殖性 |
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項 目 |
初回排卵時期(頭数) |
早[21日以
内](20) |
中[22-42
日](18) |
遅[43日以
降](12) |
日乳量 (kg/日) |
31.7a |
37.2ab |
40.5b |
分娩時のBCS
分娩後のBCS減少の最大値 |
3.08
0.42 |
3.14
0.48 |
3.25
0.55 |
初回排卵日
初回発情日
無発情排卵回数 |
16.6a
44.6a
1.50 |
30.0b
52.8b
1.28 |
56.1c
76.3c
1.25 |
子宮角径修復日 |
19.0a |
18.2ab |
15.2b |
初回授精日
受胎頭数(%) |
63.2a
15(75) |
69.3b
18(100) |
88.8c
12(100) |
受胎に要した授精回数(45頭)
空胎期間(45頭)
調整した空胎期間*
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1.73
80.6
99.4 |
1.78
90.0
90.0 |
1.25
100.2
100.2 |
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* 不受胎牛は最終授精+21日として計算. abc (P < 0.05) |
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4?.発情発見の重要性 |
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これらの結果から、分娩間隔の延長を止めるためには、分娩後あまり早くない時期に発現する、数少ない発情の機会を的確に捉え、適期に授精することが重要であることがわかった。
そこで、万歩計を発情発見の補助に使うことを検討した。脚または首に装着した歩数計から無線で1時間毎の歩数データが得られる器械を使用した。
初めての検討なので、発情行動の明瞭なホルスタイン種育成牛を使って調べた。
実際に歩いた歩数との関係を調べたところ、首に付けた場合、脚につけた場合と比べて相関は低かった。
発情を検出する能力および精度を評価する指標として、発見率と正報(誤報)率を算出し、放牧条件、パドック自由採食条件、つなぎ(タイストール)条件の3つについて検討した。
発情発見率は観察により確認された発情のうち、万歩計の歩数上昇で検出できたものの割合を示し、正報率は、万歩計で発情と判断したもののうち、観察でも発情と判定された割合を示す。
誤報率は100%から正報率を引いた値となる。したがって、発見率、正報率ともに100%に近いほど発情検出能力も精度も高いことになる。発情の判定には、直近24時間の総歩数の、過去の1日当たりの平均歩数に対する上昇倍率と、過去の平均を計算する日数を設定する仕組みになっている。
この結果、どの飼養条件でも首に付けた場合、倍率を低くすれば70~90%の発情を見つけられたが、正報率は20~30%(誤報率70~80%)であり、精度にやや問題があった。一方、脚につけた場合は、首よりも高い倍率設定で、ほぼ同等の検出率が得られ、正報率も70%以上にすることが可能であり、より実用性は高かった。
本来の目的である、搾乳牛での試験は現在進行中であるが、途中経過では、搾乳作業が入ることや、行動量自体が低いことの影響からか、育成牛とは異なる傾向も見られている。
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5?.今後の展望 |
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酪農経営上、最適な分娩間隔とは、どのくらいだろう。
繁殖肉牛では、肥育素仔牛生産が主体なので、分娩間隔は短いほどよい。
搾乳牛では、子牛生産を別にして考えると、牛群の乳代から、餌代などの経費を差し引いた利益が最大となる日数である。
乳量は遺伝的能力や飼養管理方法等、多くの要因によって決まるため、最適な分娩間隔を一律に決めることは不可能に近く、また現実的でもない。
最近の報告によると、分娩間隔が18ヶ月でも、1日3回搾乳ならば、12ヶ月で1日2回搾乳よりも、生産性は高いという。
このように、最適な分娩間隔は、それぞれの酪農家の経営方針および管理形態によって、大きく異なる。
しかし現状では、分娩後遅い時期に受胎させることは可能であっても、早く受胎させることは、困難になっており、酪農家の経営方針に合わせた、最適な分娩間隔を選択できない場合が多い。
今回示した万歩計による発情発見補助は、行動がわかりにくく、またその機会の少ない発情を何とか見つけて、受胎につなげようという考えに基づいている。
その一方で、アメリカを中心に盛んに研究され実用化されている方法に、ホルモン剤を使用した定時授精がある。
この方法は、簡単に言えば、発情を見つけにくいなら、見つけなくても良い方法を採る、ということで、繁殖についての個体管理を放棄する方向にある。
また、牛自体が変わってきているから、こちらのシステムを変えて牛にあわせる、とは考えずに、生産システムの方に牛をあわせるという考え方でもある。
大規模経営では経営上、有利な選択になりうるかもしれないが、家族経営を中心とした中小規模経営にも万能であるかどうかについては、よく検討する必要があると考えている。 |